2006年 04月 22日
黒雲の中に光るもの
b0061343_22241966.jpg







高校の時・・友達付き合いに戸惑っていた頃があった
別にいじめられていたわけではないのだが何か「苦手」だった。

中学までの友達は今でも会えば話すし、だいたい幼稚園、小学校から一緒
なぜ?高校の時は・・・
それは多分自分の「ココロ」に触れてきたからかもしれない
中学の頃はそんな「ココロ」に触れてきた人はいなかったしそれだから普通の「友達」だった。

高校になってそんな殻をかぶっていた「ココロ」に触れてくる人達が増えてきた
正直それで戸惑う・・・そんな戸惑っている自分にまた戸惑う。
どう自分の奥にある心を相手にぶつければいいかもわからず・・・
でも「ココロ」を触れられると・・・それってすごく大切で暖かい。
大切で暖かいからそれを「壊したくない・・」でもそうすると相手に空回りしてしまう・・・

そんな憤りを繰り返しながら出会ったのが現taktan妻(まだ高校1年生)
最初付き合ったいた時は自分の「ココロ」に触れてくれてとても幸せで暖かいし、居心地がとてもよかった。
でも今思えば・・彼女の「ココロ」に自分は触れていなかったのでしょう・・
自己満足の先には傷つけることしかなかったのかもしれない・・・

彼女の「ココロ」に触れることができたのはもうちょっと先の話・・
そんな自己満足な自分をずーっと待ってくれた・・

その時に初めて彼女の「ココロ」に触れたんだ・・・と思います
そうして
「してもらう幸せ」 よりも 「してあげる幸せ」
を学んだり、「人の気持ちになって物事を考える」ようになったり・・
それってきっと当たり前かもしれないけど
ロボットみたいだった自分に「ココロ」という光を与え、
冷たい「ココロ」をゆっくりと暖かくしてくれたてくれた妻に感謝します
それからですかね・・あまり人に対して怒らなくなったし、人に対して優しくできるようになったのは。
それからは・・・人付き合いもまぁ普通になりましたとさ^^
・・・・たぶん・・(;一_一) (ドキドキ・・)

自分の「ココロ」と他人の「ココロ」もし触れ合うことができたら
それが異性で恋愛感情があるなら恋人に・・
それが同姓であったり、異性であっても恋愛に発展しないなら・・それが親友なのかな
[PR]

by sizen_jinen | 2006-04-22 22:28 | taktanのこと


<< 一生餅      琴~  >>